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マルクス生誕200年に思うこと [戯言(哲学・思想)]

マルクス生誕200年、独で式典 抗議の活動も

行き詰まる資本主義救う? マルクス、生誕200年で脚光


先月のお話しですが、1818年5月5日生まれのカール・マルクス生誕200年を迎えました。

上記リンク先の記事から各国で記念行事が開催されたことが窺えます。

ただ、なんとなくの印象ですが、いまいち話題にならなかったし、盛り上がりに欠けたように思うのですが…

こんな印象を抱いてしまうのは、私が大学生だった1983年、この年の盛り上がりを体験しているからなんですね。

1983年、この年はマルクス没後100年にして、ケインズとシュンペーター生誕100年の記念すべき年でした。

書店には特集雑誌・関連書籍が並んでいた記憶があります。

ああそうだ、シュンペーター関連の書籍はやや少なかったかな…

同じ1883年生まれのオルテガの大衆社会批判は保守論壇を中心に盛り上がったかな…

西部邁氏の『大衆への反逆』(文藝春秋)はこの年に出版されていますね。

ちなみに、それまで社会経済学者だった西部氏は上記書籍をもって「真正保守思想家」として論壇に登場しています。

同じく1883年生まれのヤスパースに関しては、まったく盛り上がらなかったように記憶していますが…

閑話休題

あれから35年が経って、マルクスとケインズ、シュンペーター、その後の三者の評価の違いは大変興味深いものがあります。

まず、シュンペーターは「イノベーション」論の先駆者として、経営学・工学、さらには経済政策の分野で高く評価されるようになりました。

バブル崩壊後の日本経済の長期停滞を打破するに足るコンセプトを提示した偉人として、ビジネス雑誌でも頻繁にその名を目にします。

ただ、「創造的破壊」という言葉が独り歩きしている感もあって、業績の全体にまで評価が及んでいないのが危惧されるところです。

ケインズに関しては、ハイエク、シュンペーター、K・ポランニーらと比較検討されながらも、経済思想家として確固たる地位を保持し続けています。

まあ、批判も多いんですけどね…

景気後退期の経済政策の軸たる「有効需要の創出」は、好景気に転じた後も継続されると、公共事業が際限も無く投資され続け、財政を圧迫する要因となります。

いわゆる「土建屋国家」批判が起こる所以の根源として指弾されたりもします。

ただ、この点に関しては、ケインズ本人よりも、景気の変化を考慮せずに公共投資を続ける財政官僚の責任が大きいのですが…

付け加えると、ケインズ理論は「新古典派総合」を経て、マクロ経済学の土台の一つとして継承されています。

政府は、好景気期の緊縮財政で蓄積した国庫を、不景気になったら公共事業に積極的に投資するべし!

えっ? 「新古典派総合」も、とっくの昔に批判されているって?

はい、その通り!

実は理論や学説が「批判的に検討・検証」されることは、とても大事なことなんです。

さて、マルクスに関して言うと、頭ごなしに批判・否定する方々がおられる一方で、「とにかく、批判するな!」オーラを発して「筋道立った批判」すら頭ごなしに否定する方々も大勢いらっしゃいます。

この点が、マルクスとその学説を自由に論じられない知的環境を作り出しています。

まったく困ったものですよね!
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